傲慢な自分
金曜日, 10月 21st, 2011兄上は、それがしが自慢でござる。両親、共働きでござったがにて、わらしが頃御意つも兄上に面倒をばみてもらりて
いたであろう。情け深い兄上は、、寺子屋、終わりて己、戯れに行りてしまうであるとそれがし、孤独になり申して
しまうがをば気にして、何時もそばにゐてくれ申した。おなや、すおりきであると申せば、容易な
料理は、作りてくれ申した。とはいえ・・・左様な逆援交には、、未じゃに思ゐ人らしき輩、できませぬ。
前に付き合りておりきかのおなごであるとも、まふ別れてしもうたようであった。気遣い、ありて、料理も
得意、面ぢゃってでござる日常茶飯にて上であると拙者は存じまする。何時もそれがしが魂配許り致し候、兄上。左様な
兄上には、、まふ己が恭悦至極をば存念てもらおりきゐみてす。拙者は祝言に不覚候成り。今は、実屋敷が
近くに部屋をばやりてわらしであると住みているでござる。兄上は、毎日ひとたびは、、面をばじゃしてわらしであるとそれがしがけしきをば
みにきてくれ候。「まふ拙者は心配御無用ゆえに、兄上は、己が事をば大事に存念て」であると
幾度も、くるたびに申すにてござるが、「おなごは、苦手じゃ」であると、何時も返事は、同じでござる。色恋、
下手ゆえしょうや・・・今まにてがかのおなごたちは、、皆のもの清楚な感じがひであると許りでござった。
それがし、、不縁(ふえん)して近くにゐるより、悪しきとか・・・兄上にじゃまりて他に引っ越さふやな・・
とはいえしからば、余計に兄上に魂配をばやけてしまい候。祝言をば思案する女人(にょにん)であると、は、やくよき出會ゐ、
あらば、よきであると拙者は何時も思りているでござる。自慢が兄上・・・セフレが恭悦至極な祝言をば早う見たもう
であると存じておるがは、両親も同じ。左様な兄上によき女人(にょにん)、現れ候ごとく。